スニーカーのコト Vol.2
〜兄弟喧嘩の歴史〜
『アディダス』

スニヲタ Yokkoです。

Vol.2は「adidas」について。
誰もが知っているあの3本線のブランド。
実はブランドの歴史には壮大な兄弟喧嘩がありました。

1920年、ドイツの兄弟が靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立。
兄弟の名は兄のルドルフ・ダスラーと弟のアドルフ・ダスラー。
1936年のベルリンオリンピックをきっかけに2人の会社は大きく成長しますが、
2人の経営方針が次第に対立するようになります。
第二次世界大戦後には2人の確執は決定的になり、ついに1948年、兄のルドルフは持ち株を売却し独立。
あの「プーマ」を設立します。
そして弟のアドルフは社名を変更。
自分の名前であるアディ(アドルフの愛称)とダスラーを組み合わせた「アディダス」が誕生します。
「アディダス」と「プーマ」が兄弟だったとは・・・
さらに兄弟喧嘩がきっかけとは意外ですね。

それぞれが独立し、これで丸く収まるかと思いきや、
兄弟喧嘩はむしろエスカレートしていきます!
優秀なスポーツ選手を広告塔に利用し始め、
スーパースターの獲得競争の幕開けです。

さらに、後継者である息子の代に変わっても争いは続きます。
1970年のメキシコ・ワールドカップ。
両社は“ブラジルの神様“ペレには手を出さない(スポンサーにはならない)と
暗黙の取り決めをしますが、プーマが約束を破り提携をします。
いわゆる“ペレ協定”です。
これでプーマはアディダスの怒りを買うことに。。。

争いが絶えなかった両者ですが、ライバルがいたから今の発展があるのかもしれませんね。

ちなみに、伝説的スニーカーの「SUPER STAR」は1970年に誕生します。
(キャンバス地の物は1969年に出ているらしい)

画像は、SUPER STAR誕生35周年記念モデルの一つ、2005年発売の「Adi DASSLER」です。ヒールにアディの顔がプリントされた特別な1足です。

 

 

関連記事:

Vol